江蔵克己氏宅の庭角に東向きにすえられていて町内では最も古く
最も美しい田ノ神である。背後の袴の裾の部分に「石工大慈寺門
前弥三左衛門、延享元歳入月廿三日、普口」と
刻まれ延享元年(1744年)に立てたことがわかる。
石工の弥三左衛門は大慈寺の門前で
石地蔵から手水鉢まで造っていた優れた石彫の一門。
町内はもちろん、近郷に今も多くの名品を遺している
この田ノ神は、シキ(農家で蒸し物をするとき使用する敷)の笠を
ずきんのように深く被り、袍とくくり袴を着けている。右手にはメシゲを
左手にはスリコギを立てて持っている。持ち物は 双方とも
上の部分がかけているが顔の表情などは仏像を見るようである
右ひざを少し立てた端正な神宮型の座像で、前菜で記述したように
志布志から内之浦町・根占町あたりに見られる大隅系の典型的なものである
この型の田ノ神は霧島山麓の西諸県(小林・飯野・加久藤)から
大隅北部にかけての神像型の流れをくむものと考えられている
伝えるところでは、夏井方面からもってきた田ノ神だという。
現在田ノ神講はなく、個人の所有となっている。石質は灰岩。
像高七五センチ、肩張り五十センチの中形。