天水氏庭園
指 定   昭和三十l年九月二十八日
所管者  天水亮吉
所在地  志布志町帖(下田屋敷)

自然の大岩盤の露頭に海石をもって築山状に石組みしその間にサツキ・ツツジ・クチナシ・ハクチョウゲの小灌木を配し、地被植物としてハラン・ツワブキ・ヤブラン・羊歯類の下草をあしらっている。

植栽生垣の背景には志布志城を借景として展望することができる。作庭は江戸時代中期といわれ、風景式で築山枯山水様式の趣で、面積は一二〇平方メートルである。築山の中央正面の石は枯滝石で庭園意匠の中核で背後の常緑広葉樹はツバキ・アラカシ・サザンカ等を刈込物として遠山を象徴し、枯滝石の前に脇待石・水分石・鯉魚石などの役石が配せられ、枯山水として三尊石組の形式をとっている。

住家の縁先には、鮟鱇型か司馬温公型に近い手水鉢が自然の台三ヶの上に据えられ、その傍らに配したシュロ・クチナシ・ツツジの鉢青樹によって鉢前の景色を引きたて、また遠景と相まって景観により深く奥行きを見せる。

平山氏庭園

指  定 昭和三十一年九月二十八日
管理者 平山キクエ
所在地 志布志町帖(沢目記)

背後に樹林を負い住家の前に迫った自然の傾斜地を利用してその裾に露出した大岩盤の崖を主景となし、その上に青々とした山の景を表現する。六〇数株のサツキ・ツツジの小刈込物を配して深山幽谷の自然を風景的にまとめあげた庭園である。

下段の岩盤には直径三〇センチメートル深さ二センチメートルの円形穴を彫り込んだ満月を表現する漸新な意匠でこれは深山幽谷に基づく悟りの境地を表現したものと解せられており、西隅にも大日如来の化身を象徴する多宝塔をかたどつた灯龍が配置され、降雨際は、雨水が岩肌を伝って滝として落ちるような技巧もこらされている。植栽は不等辺三角形の頂点に配置する自然風植栽法をとり、樹石間の美しい釣合いを永遠に崩さないように丸刈込みとしてあり、作庭者の自信を推すに足る技巧がほどこされている。作庭は、古寺石峯寺時代の住職と推定され、江戸時代初期のもので風景式の自然的岩石園の築山鑑賞式で面積は二四六平方メートルである。修験道の寺庭として正面に岩窟があり宗教的な雰囲気があり、見るものを圧して、その心に訴える修験道の厳しさに通ずる表現がなされている。

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